快適ひきこもりニート生活

適応障害で退職し傷病手当で生活を送る引きこもりニート(アラサー)。発達障害(ADHD、ASD)当事者で精神障害者手帳3級所持。万年体調不良。オタク気質でイラスト描いたりもします。

発達障害だけどウェイな感じになりかった私

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こんにちは、おめめ(@omepachi)です。

 

リア充コスしてる根暗のおめめです

 

私は若かりし20代前半の頃、ずっとウェイな感じになろうとしていました。もちろん当時は自分が発達障害だと知りません。

私が20代前半の頃は「ギャル」が世界を制していました(語弊)

なので今でいうウェイ系とは少しジャンルが違うと思うので「ウェイな感じ」と言っておく。

 

見た目はうまくギャルに馴染めたんですが、中身がついていかなくて正直楽しくなかった

でも自分は陰キャではない!自分は陽キャ側の人間だ!と思いたかったんですねー。浅く広い友達付き合い、派手な見た目や、楽しそうな感じに憧れがあったんです。

 

発達障害だと診断されてからは踏ん切りがつき、完全に当時のお友達との交流をやめました

今では自分が無理に合わさなくていいお友達としか会っていないです。

 

苦手なものを断ち切って、かなり楽になったのでそのことについて書いていきたいと思います。

 

中身は陰キャ、外見は陽キャ!

20代前半、当時(2010年前後)のウェイな存在と言えばギャル

当時の写真はこちら↓

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うぇーい!!

 ※中身は超根暗です※

日サロ、エクステ、ヒョウ柄ギャル

当時のギャルを代表するもの、てんこ盛り

周りのお友達ももちろんギャル、ギャル男(死語…?)でした。

 

当時のあだ名は「我愛羅」。

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目ですね、完全に。マツエク二枚は重ねてます。そして黒く縁取られた、囲みライン。

 

夜な夜な集まって、カラオケ行きまくりクラブ系のイベント参加、とりあえずぱっと見ウェイな感じ(?)でした。

とにかく平凡より目立ちたい!と思っていた。

 

高校生になるまでは陰キャだった

なぜこんなに目立ちたがりだったのか。

それは私が高校生になるまでは陰キャだったから。

大人しくて地味な女子のグループに属し、そして腐女子でした。そう、中身は完全に根暗。陰キャ。

 

しかし陽キャへの憧れがあったのでしょう、私は高校デビューを果たしました。

 

当時は同族嫌悪というかなんというか、陰キャになんか二度と戻りたくねえええ!!という気持ちが強かった。

つまり陽キャに扮したイキリ陰キャですね。

夏休みなど長期休暇は、毎日違うお友達と遊んで「友達が多い陽キャ」アピールかましてました。

 

完全陰キャ暗黒時代のトラウマ(?)のおかげで、自分が陰キャだと思われるのが嫌だったんです。痛々しい!

 

中身までウェイな感じになりきれなかった

ASDな私はそもそも集団で行動するのが苦手です。

飲み会〜!仲間のサプライズ誕生日会〜!みたいなのがクソ苦手でした。

 

空気と化する飲み会

まず飲み会。私は飲み会が大嫌いです。

私は缶チューハイ1本飲んだら吐きます。泥酔。ご飯も少食、偏食なので普通の人の3分の1程度しか食べられません。

飲み食べ放題以外で、割り勘の飲み会だとかなり損する私。(損得勘定がある時点で人との交流に向いていない)

 

集団の会話にも入れないし、いつの間にか空気と化する私

根暗なのでテンションがもともと低くてノリが悪いし発達障害なので空気も読めない。変な発言をして、場の空気が変になることもしばしば。

 

こんな私にとって飲み会が楽しいわけないですよねw

飲み屋で働いていたこともありましたが、それはそれ…。詳しくは下記の記事で。

 

サプライズに気づいてしまう私

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続いてサプライズ誕生日会。

私はサプライズされることがめっちゃくちゃ苦手です。

勘がいい私はサプライズされることに気づいてしまいますw そして「サプラーイズ!」されると喜ばなければ!!と義務を感じてしまうので、反応がぎこちなくなる…。

 

どれくらいの喜び具合どのくらいの時間継続するべきなのか、悩む…。あ、気付いてないふりもしなければ…全然楽しくねえw

 

楽しくないし自己肯定感だだ下がり

とまぁこんな感じで、軽いノリや中身のない会話を楽しいと思えない私は、とにかくウェイな感じに不向きでした。

発達障害ゆえの「私はみんなとなんか違う」という違和感もついて回っていたので。みんなと違うことに、もともと低い自己肯定感が更に下がっていました

 

発達障害だと診断されたけど、普通の人として生きたかった

発達障害だと診断されたのは28歳のとき。

 

その頃には周りも大人になり、ギャルではなくナチュラルな感じになってました。が、みんな中身はもともと陽キャ

私を陽キャとして接してくるお友達と遊ぶのは苦痛でした。

 

発達障害を診断されてからも、当時のお友達数人と遊んだりすることもありました。もちろん発達障害だとカミングアウトしていませんでした。

人の揚げ足をとってネタにするタイプのお友達だったので、

私の行動や言動は格好の餌食に…。

 

発達障害を診断された当時は、まだ「普通の人に混じっていたい」という気持ちが捨てられずにいたんですね。

結果、その行動は自分の首を自分でしめることになっていたんですが。

 

友達関係を見直してみた

自分で発達障害を完全に受け入れられるようになり、「無理して人と関わる必要はないのでは?」というところにたどり着きました。

合わないお友達と遊んで自分の発言に神経すり減らしたり、楽しいふりをするのはなんか違う。

 

幸い、私には20年以上の付き合いの親友ちゃんがいます。親友ちゃんには発達障害のことも話しているし、気を使わなくていい存在です。

別に他の友達と無理に遊ぶ必要なくね?」ということに気づきました。

 

そう思い立ってからは、親友ちゃん以外との交流関係をバッサリ絶ちました。

それからというものの、めちゃくちゃ気持ちが軽い

 

発達障害で根暗な私と、定型で陽キャな友達との違いを、まざまざと見せられなくてよくなったのですから!やっほい!

なかなか踏ん切りがつきませんでしたが、私の決断は間違っていなかった!

 

こうして私のウェイな感じへの憧れは終止符を打ちました

 

 

よそはよそ、うちはうち

苦手なことを無理にする必要ないと思うんです。ほんとに。

苦手なことから逃げたっていーじゃない!ストレス激減です。

 

ウェイな感じに憧れた時期もありましたが、所詮よそはよそ、うちはうちなんです。どんなに他人が楽しそうに見えても、自分も必ず楽しいわけではない

 世間では嫌われる少数派な生き方でも、自分に合ってるならそれでいいんです。

 

私の人付き合いは現在、月に一度親友ちゃんと会うかどうかレベルです。たまに気が許せる人と会うこともありますが、基本的にそんな感じです。

出かけて体調が悪くなるのも嫌ですしねー。下記の記事を参照。

 

私には根暗な引きこもり生活がとーっても合っているので、継続していきたいと思いまっす。